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4泊5日の北京旅行から帰国。初めての中国。日本との時差は僅か1時間だが、その文化や習慣の違いはそれ以上だった。

<1日目>
午後のフライトで成田から北京首都国際空港へ着陸。ホテルへ到着したのは午後10時半。チェックインを済ませて部屋に入ろうとするが、「前のお客様のチェックアウトが遅くてまだ部屋の清掃が終わっていない」という信じられない理由により、さらに15分程ロビーで待たされる。この日は僕の誕生日だったが、疲れていたので外出はせずに大人しく床につく。

<2日目>
The Great Wall. 念願だった中国が誇る世界遺産「万里の長城」へ足を踏み入れる。2500年以上も前から築かれた城壁は全長6350mに及ぶ。今回訪れたのは北京市内からバスで約1時間半の距離に位置する「八達嶺長城」。秦の始皇帝が築いた長城の中では最大規模を誇る。かつて騎馬隊や兵士が通っていたのと同じ道を歩き、一瞬にして過去へタイムスリップ。傾斜が急で歩くのに困難な場所もあると聞いてはいたが、噂通り、隣を歩く高齢者はとても辛そう。ましてや、道の凍ってしまう冬にはどうなってしまうのか想像さえつかない。その後は市内へ戻り、目的もなく街をぶらつく。この「目的もなく街をぶらつく」というのが、僕の最も好きな旅の過ごし方の一つ。そうすることで初めて地元の人々の目線と同じ高さでその国を見ることが可能となり、本当の意味でその国に一歩近づくことができる。夜は「全聚徳」という北京ダックの老舗で極上のダックを喰らう。こんがりと焼き上げられたパリパリの皮とその内側の超ジューシーな脂身に、半分気絶しながら「食は中国にあり」を実感。今まで日本で食べていた北京ダックは一体何だったのだろう、とさえ思えてしまう程の美味。そして、ライトアップされた「天安門」を眺めて帰路につく。

<3日目>
日中戦争の発端となった事件の舞台「盧溝橋」とその歴史を伝える「中国人民抗日戦争記念館」を訪問。1937年7月7日、この橋で起こった盧溝橋事件を一つのきっかけに、後の日中戦争を引き起こす。日本が中国に対して行った極めて残虐且つ非人道的な様子を中国人の視点から改めて見せ付けられ、言葉を失ってしまう。特に当時の写真は、目を覆いたくなるものばかりが並ぶ。午後は「北京798芸術区」というエリアへ向かう。東ドイツが建設した国営工場という負の遺産を活用し、現在では世界各地から先進気鋭の芸術家たちが集まり、ギャラリーやショップを構える、今、北京で最も熱いスポットだ。当時のまま時間が止まってしまったかのようなレンガ造りの工場群を、近代的なデザインのギャラリーやオブジェが嘲笑うかのように点々と姿を現す。しかも、散策中に山本寛斎さんを目撃。その注目の高さを物語っている。夜は「王府井」という繁華街の屋台街で庶民の味を堪能。

<4日目>
The Forbidden City. かつて、紫禁城と呼ばれた「故宮博物院」を見学。1420年の明代に築かれてから、1911年にラストエンペラー溥儀が退位するまでの約500年間に合計24人の皇帝が住んだ中国最大の王宮。部屋数は9000を数えるという。自分がその輝かしい歴史の中に足を踏み入れていることへの感動を味わい、途中、不意に涙がこぼれそうになった。北側の神武門を抜けて故宮を後にし、そのままの足で正面にそびえる「景山公園」へ登り、故宮の全景と北京市内を一望。それは言葉にできない絶景。その後、北へ歩を進め、「胡同(フートン)」と呼ばれる昔ながらの伝統的家屋が立ち並ぶ空間を散策。外敵からの侵入を防ぐため、通りに面した壁には窓を造らず、中庭を囲むように建物を配した四合院が特徴的。その後は「毛主席記念堂」と「人民大会堂」を横目に、これまた世界遺産「天壇公園」へ向かう。明および清代の皇帝が天に五穀豊穣を祈願するために建立した祭祀建築物である。広い敷地内に祈年殿や皇穹宇などの建物が点在。そして北京最後の夜は、ホテル付近の屋台でこれまた庶民料理を堪能。ハシゴしたしゃぶしゃぶレストランでは、ウエイトレスの女性と筆談で会話を楽しむ。20歳前後の彼女らは、家族のために田舎町から出稼ぎに来ているようだった。中国のしゃぶしゃぶは羊肉が基本。

<5日目>
朝9時のフライトのため、早朝6時にホテルを出発。旅の余韻を味わいながら飛行機に乗り込むが、予定時刻を過ぎてもなかなか離陸体制に入る気配がない。この時、管制塔からのフライト許可が下るのに3時間も要するとは誰が予想できただろう…。恐るべしCHINA。

今回の旅行で感じたことを羅列すると、中国という国はとにかく生きることに一生懸命で、ものすごいエネルギーを有している。中国4000年の歴史ある遺跡や文化が豊富で、紛れもなく世界有数の魅力ある国の一つである。食はやっぱり中国にあった。人々が純粋で、日本人が忘れた何かを持っている。よく痰(たん)を吐く。女性があまり化粧をしていない。若い女性は予想以上に美しくオシャレである。大気汚染がひどく、少し先の高層ビルは光化学スモッグでかすんで見える。自動車は「現代」と「ワーゲン」が多く、日本車はあまり目にしない。交通ルールはあってないようなもので、信号はその意味を成していない。地下鉄の切符売場と改札は共に人が手作業で行っていて、このままでは来年のオリンピックには大変なことが起こる。バスには運転手の他に、チケットを販売したりトラブルに対処する係員が添乗している。その他にもいろんなものが機械化されていないのは雇用機会確保のためと予想される。日本同様、高級レストランやホテル以外ではほとんど英語が通じない。但し、日本人には筆談という大きな武器がある。レストランのメニューはほとんどが中国語表記のみで、これも来年までに英語表記を準備しないと不便極まりない。整備されるべき法律が整備されておらず、例えば子供がタバコを吸っても良い。

結論。また行きたい。

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4泊5日の韓国旅行から帰国。ロンドン留学時代に知り合った韓国人の友達からの熱い歓迎を受けて、本当に忘れられない旅となった。フラットに泊めてもらったのはもちろん、地下鉄、タクシー、食事代、僕には一銭も払わせてくれなかった。

<1日目>
夕方、仁川国際空港へ到着。出迎えに来てくれた友人と約4年振りの再会を果たし、バスでソウル市内へ向かい、仕事を終えた他の友達2人が合流。韓国伝統料理と焼酎に舌鼓を打ちながら、想い出話に花を咲かせる。その後、朝方3時過ぎまでカラオケや屋台をハシゴして1日目を終える。

<2日目>
再会の喜びから飲み過ぎてしまい、起床したのは正午。午後2時に安国駅で待ち合わせをし、世界遺産の「昌徳宮」へ。彼らも訪れるのは初めてで詳しいことは分からないというので、地元ガイドの説明を僕に英語で通訳してくれながら見学をした。その後、「仁寺洞(インサドン)ギル」という伝統工芸品店が並ぶ通りを散策。中でも特に気に入った場所は、昨年オープンしたばかりの「サムジギル」。地下1階、地上4階建てのビルに70以上のギャラリーやショップが入り、ところどころにアート作品が姿を現す。丁度この時期は「アンディ・ウォーホール展」が開催されていて、「エリザベス女王」など、ロンドンのナショナルポートレートギャラリーで見た彼の作品がいくつか展示されていた。その後、僕の要望で夜の「南大門」へ。高層ビル群に囲まれながらも、美しくライトアップされて堂々とそびえるその姿に、韓国人の芯の強さを重ね合わせて見た。夕食は仁寺洞にある小さな食堂で「きのこピビンパ」を喰らう。

<3日目>
9時に安国駅で待ち合わせをし、世界遺産の「宗廟」へ。天気も良く、時間も十分にあったので、3人でゆっくりと見学して回った。その後、「北村韓屋村」へ。ここには600年も前の伝統家屋が約860棟も残り、近代化が進むソウル市内とは思えない、タイムスリップしたような錯覚に陥る。午後は、ソウルきっての繁華街「明洞(ミョンドン)」へ。地方から駆けつけてきてくれたもう一人の友人と再会して昼食をとる。その後はウィンドウショッピングを楽しみ、韓国最大規模の本屋で「sg wanna be」という男性3人組のベストアルバムを購入。夜は、彼らの提案で、料理を題材にした舞台「NANTA」を鑑賞。ブロードウェイにも進出しただけあり、ユーモア溢れる舞台に心から感動した。夕食は焼肉。カルビ、豚肉、キムチ、お粥・・・もう食べられないというくらい食べた。あの瞬間、僕の胃の中は120%韓国人になっていただろう。

<4日目>
この日は唯一の単独行動。早起きして9時からのツアーに参加。ツアーの行き先は「板門店」、映画「JSA」の題材となった場所だ。僕を含めて日本人は忘れがちだが、韓国と北朝鮮は未だ休戦状態であり、お互いの国の緊張状態は今も続いている。共同警備区域である板門店は1953年に休戦協定が結ばれた場所で、今もなお北側と南側の軍人が国境線を挟んで警備にあたっている。ここへはツアーでしか訪問ができず、今回、韓国観光公社へお世話になった。ソウル市内からバスで約1時間。3つのチェックポイントを通過し、敷地内へ入るとまずはスライドで歴史を学ぶ。その後、「万が一、命を失っても責任を問いません」的な誓約書にサインをし、ついに中心部へ到着。数十m先には北朝鮮兵士の姿も見える。双眼鏡でこちらの様子を監視しているようだ。
異様な雰囲気と緊張感の中、ほとんど言葉を発することなく見学終了。最後に車内から「帰らざる橋」を見学し、帰路に着く。観光気分だけでは訪れることが出来ない場所であることを改めて体感した。ソウル市内に戻り、明洞で友人たちと合流してお土産を購入。韓国滞在最後の夜は、オフィス街にあるモダンなレストランでお互いの将来の話などをしながら、別れを惜しんだ。

<5日目>
朝9時の飛行機に乗るため、早朝にフラットを出発して、到着した時と同様、バスで仁川国際空港へ向かう。見送りに来てくれた友人はまだ眠たそう。早々にチェックインを済ませ、空港1Fのカフェで最後のひととき。そして、ついに別れの時。来年は日本で会うことを約束して、笑顔でさよならをした。

彼らのおかげで本当に素晴らしい旅になった。この感謝の気持ちは一生忘れることができないし、いつまでも忘れたくない。本当にありがとう。そしてまた、笑顔で再会しよう。


To Ki-seok,Jung-mi,Ji-nam,Ji-bok,Ki-seok's sister:

I really appreciate everything u've done to me in Seoul.
I still can't find a word to express my feeling of gratitude.
Hope our countries will get closer and closer as we are.
Take care & lots of love.
Cheers!!!!!



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